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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(行ツ)40号 判決

大阪市東区博労町四丁目四二番地

上告人

駒井美知子

右訴訟代理人弁護士

太田全彦

大阪市東区大手前之町

大阪合同庁舎第三号館

被上告人

東税務署長

松谷理

右指定代理人

立花宣男

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五九年(行コ)第二八号所得税決定処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年一〇月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人太田全彦の上告理由について

所得税法の資産所得合算課税に関する規定が憲法二九条一項、八四条の規定に違反するものでないことは、当裁判所昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決(民集九巻三号三三六頁)及び昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決(民集三九巻二号二四七頁)の趣旨に徴して明らかであり、また、所得税法の右規定は、租税回避の意図がある場合にのみ適用されるものでないことも明らかである。右と同旨の見解のもとに本件各処分を適法とした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 長島敦 裁判官 坂上寿夫)

(昭和六〇年(行ツ)第四〇号 上告人 駒井美知子)

上告代理人太田全彦の上告理由

第一点 原判決には法令の解釈、適用を誤った違法がある。

原判決は資産所得合算課税制度の下では、主たる所得者の総所得金額に比して合算対象世帯員の資産所得が極めて多額である場合には、主たる所得者の所得税額がその課税総所得金額を上回ることがありうるとしながらもこのようなことは通常は存在せず非常にまれな場合に異常な状態が生ずるからといって、資産所得合算制度全体を憲法二九条に反すると言うことが出来ないと判示した。

然し、たとえ稀な場合であっても所得税額がその課税総所得金額を上回るというような異常な事態が生ずるということは、租税法律主義を規定する憲法八四条に反するものである。同条は課税要件等を法律によって規定するということにとどまらず、合理的な法律にもとずく納税義務の法定を要請するものであることは多言を要しないが、資産所得合算課税を規定する所得税法(九六条ないし一〇一条)は到底合理的な法律とはいえず違憲無効の規定であるといわなければならない。

主たる所得者の所得税額が、その者の課税総所得金額を上回るというような不合理なことが生じる原因については次のようなことが挙げられる。

1. 主たる所得者の選定を所得税法九六条三号が、資産所得以外の所得金額の最も大きい者としているので総所得金額の少ないもの(例えば妻)でも主たる所得者とされること。2. 合算対象世帯員の税額は、合算所得税額に、主たる所得者の総所得金額にすべての合算対象世帯員の資産所得を合算した所得金額のうち、それぞれ合算対象世帯員の税額を控除した金額となるが、合算所得金額のうちに占める合算対象世帯員の資産所得の割合(合算対象世帯へ税額を配分する場合の按分比率)の計算については、所得税法施行令二三二条により小数点以下二位まで求め、三位以下切捨てとなっているので、最低でも合算所得税額の一%は主たる所得者の税額となること。3. 子および孫の場合は、その者の総所得金額のうち資産所得以外の金額が基礎控除額を超えているときは資産所得合算の対象から除かれるが、配偶者の場合はこれが適用されないこと。4. 配当控除額の計算は、合算対象世帯員の各人の税額から控除するのではなく、配分前の合算所得税額から控除するから、各自の所得金額中に占める配当所得の有無、または金額の多寡に比例しなくなり各所得者間において税負担上に有利、不利が生じること。5. 生命保険料控除、損害保険料控除等は、合算対象世帯員に資産所得以外の所得がない場合は、合算所得金額から控除するのであるから保険料を実際に負担した各自に担税力減殺の効果が及ぼす、各所得者間に不公平を生じさせる。また、控除の限度額は一人分として計算され、合算課税でない場合と比較すれば不利となること、等である。

ところで、この資産所得合算課税制度は昭和三二年の税法改正によって導入されたものであるが、昭和三一年一二月の臨時税制調査会の答申はこの制度の趣旨につき次のように説明している。

『資産所得については、世帯を課税の単位とする方が、生活の実態に即した課税になると考える。このような課税を行えば、資産の名義の分割等、表面上の仮装によって不当に所得税が軽減されることを防ぐこともできよう。たとえば、主人の所得によって購入した株式を妻の名義とし、あるいは未成年の子の名義とした場合にも、株式配当は主人の意思によって処分されるのが通常の例であるから、このような場合には、これらの所得を合算して課税した方が実際に即するであろう……。したがって、同居親族の資産所得は合算して累進税率を適用することとした方が、かえって担税力に応じた公平な負担になると考える。』

つまりこの答申は「資産所得合算課税制度」は1. 担税力に応じた公平な課税を実現すること及び、2. 所得分散による租税負担の軽減を妨止することを目的とするものであるというのである。その目的達成のための手段として世帯単位の課税という例外を設けようとするものだと説明している。世帯単位課税は手段であってそれ自体が目的ではないことは明らかである。したがって、資産所得合算課税に関する規定は本件の如く、これを適用すればかえって担税力に応じた公平な課税が実現できない場合、または所得分散による租税負担の軽減ないしは租税回避の意図のないものには適用すべきではないのである。本件処分は担税力に応じた公平な課税とはいえない。もとより上告人に租税負担の軽減の意図はなかったのであるから原判決は法令の解釈、適用を誤ったものといわなければならない。

第二点 原判決は憲法八一条、二九条に違反している。

現行所得税法は算出された合算税額を主たる所得者および合算対象世帯員各人の所得額に応じて按分し、その按分された税額を各人の負担税額として、各自納付することとしている。つまり納付責任につき、主たる所得者と合算対象世帯員間には何等の関係もなく連帯納付義務とか、第二次納税義務というような納付責任の拡張規定が存在しないこともこの「資産所得合算課税制度」を不合理な規定にしているばかりか憲法の保障する個人の財産権を侵害しているといわなければならない。

納付責任に関する拡張規定がないため、一方では高額な所得を得ている夫は、個別に申告納税する場合より税負担が軽減され、しかも妻の税額を負担する必要がない。かりに妻の税額を夫が負担すれば、それは妻に対する贈与とされ、妻に贈与税の負担が生じるであろう。その納税者に他に財産がないとすれば、生活費を考慮にいれなくても収入をこえる税額は物理的に納付することが出来ないのである。

原判決は納付責任に関する拡張規定がなくとも、主たる所得者間には互いに扶養義務があるから妻の総所得金額に比して夫の資産所得が極めて多く、妻が多額の合算課税による税額を納付しなければならない場合でも、実際上、夫が合算による妻の増差税額の全額ないし大部分を負担することが予想され、この場合、妻に贈与税が課税されることはないと判示している。相続税法八条但書には債務の引受または弁済が、その引受または弁済を受るものが資力を喪失して債務を弁済することが困難である場合において、そのものの扶養義務者によって当該債務の全部または一部の引受または弁済がなされたときは、その贈与により取得したものとみなされた金額のうちその債務を弁済することが困難である部分の金額については贈与により取得したものとみなさないと規定され、ここにいう「債務」には公租公課も含まれる(相続税基本通達七-三)とされている。然し、「債務を弁済することが困難」とは債務額が積極財産の価格を超えている場合を指すのであるから(相続税法基本通達七-五)、そのような場合でない限り、贈与税の対象となる。納付責任の拡張規定の欠けつを原判決のいうように民法上の私的扶養義務の規定で補うことはできないものといわなければならない。

以上

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